【灘のけんか祭り2018】日程・本宮の時間・屋台・歴史・桟敷席の値段まとめ

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【灘の喧嘩祭り】開催概要・日程・アクセス

イベント名 松原八幡神社秋季例大祭 灘のけんか祭り
開催日時 平成30年10月14日(日)15日(月)
※雨天の場合、延期になる可能性があります(予定)
開催場所 兵庫県姫路市白浜町 松原八幡神社
アクセス 〇公共交通機関利用の場合
山陽電車「白浜の宮駅」より松原八幡神社まで南へ徒歩およそ55分
※祭り当日は直通特急・特急が臨時停車します
山陽電車「妻鹿駅」より御旅山まで南西へ徒歩およそ10分
山陽電車「白浜の宮駅」から御旅山まで西へ徒歩およそ15分
駐車場 あり
トイレ あり

今年度の灘けんか祭りの開催日程は、
2018年10月14日(日)15日(月)になっています。

開催時間は、例年通りであれば、
10月14日(日) 宵宮 11:00~16:30
10月15日(月) 本宮 9:00~17:40
の予定になります。

灘のけんか祭りと言えば、
「死ぬまでに 一度は見ておけ 灘祭り」と言われ、
たくさんの人々に愛されている、松原八幡神社の例大祭です。

大迫力のけんか祭りを一目見ようと、年々観光客の数も増え、
例年15万人を超える人出で賑わいます。

豪華絢爛の7つ屋台が町中を練り歩く様や、
3基の神輿を盛大にぶつけ合う様は、まさに迫力満点!

全国でも有数の、勇壮なお祭りとして有名です。

ただし、荒々しいお祭りですので、死傷者が出てしまう事もしばしばありますので、
観覧の際は、安全を確保できる場所を選ばれることを強くおススメします。

アクセスについては、
松原八幡神社へは、山陽電車「白浜の宮駅」より南へ徒歩約5分で到着します。

お旅山へは、同じく山陽電車「白浜の宮駅」より西へ徒歩約15分または、
山陽電車「妻鹿駅」より南西方向へ徒歩約10分で到着します。

屋台の進行などで、周辺道路は交通規制がかかりますので、大変混雑します。

駐車場の台数も少ないので、公共交通機関を利用するようにしましょう。

【灘の喧嘩祭り】宵宮・本宮の時間

今年度の詳細については、まだ発表されていませんが、
例年大きな変更はありませんので、昨年の実績からご紹介しておきます。

宵宮

10月14日(日)11:00~16:30

神社の楼門前・境内でそれぞれの踊り子たちが、自分たちの屋台を高く掲げ、
屋台同士で練り合う姿が、宵宮の最大の見所になっています。

このような光景が見られるのは、「宮入」と「宮出し」のタイミングで、
どちらも松原八幡神社で見る事ができます。

各町内によって、屋台の運行時間帯が違います。

公式HPに詳細が更新されますので、チェックしておきましょう。

交通規制についても同時に把握しておきましょう。

本宮

10月15日(月)9:00~17:40

前日の宵宮にさらに拍車を掛けて盛り上がりを見せるのが2日目の本宮になります。

「宮入」から昨日は出ていなかった3基の神輿が担ぎ出され、
神輿同士を激しくぶつけ合う姿を見ることが出来ます

その後、お旅山まで場所を移して、メインイベントとも言える、
7台の屋台と3基の神輿の練り合わせが行われます。

神輿や屋台が壊れるほど何度もぶつかり合いながら、
その練り合わせは辺りが暗くなるまで続きます。

日が落ちると、それぞれの屋台に明かりが灯り、
いっそう華やかにフィナーレへ向かいます。

こちらも、それぞれの屋台が時間差で出入りしますので、
公式HPで確認しておきましょう。

【灘の喧嘩祭り】おススメの屋台

お祭りの醍醐味である出店や露店も多く出ていますが、
そんな中でも灘けんか祭りならではのものをご紹介しましょう。

それは、灘けんか祭りオリジナルグッズを販売しているお店です。

お祭りに登場する7つの屋台にはそれぞれにシンボルカラーが決められており、
それぞれのオリジナルグッズが多く存在します。

カレンダーTシャツ、さらにはミニチュアの神輿など、
限定のグッズが数多く販売されていますので、
記念にお土産に、おススメですよ!

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【灘の喧嘩まつり】歴史

灘のけんか祭りというのは、「松原八幡神社の秋季例祭」の別名であり、
現在の様な祭りのスタイルになるまでには、長い歴史を持ったお祭りです。

灘喧嘩まつりの原点となっているのは、
「放生会」と呼ばれるものでした。

中世の地誌「峯相記」によれば、
毎年旧暦の8月15日に例祭の原点とも言われている「放生会」が、
執り行われていました。

旧暦8月15日に行われる祭りといえば、
宇佐八幡宮・石清水八幡宮も同じで、
これらは全て元は放生会の祭りであると言われています。

そもそも放生会とは、捕らえられていた生物を解き放つことで自由の身にしてやる儀式で、
生物の保護や殺生禁断の仏教思想と結びついて、
全国各地の八幡神社で盛んに行われるようになりました。

松原八幡神社の放生会がいつ始まったかは、未だ明らかになっていませんが、
石清水放生会や松原八幡神社の歴史から推測されるに、
恐らく11世紀から12世紀にかけてではないかという一説があります。

では、その放生会が「祭り」へと変わっていったのは、いつ頃なのでしょうか?

中世播磨の地誌「峯相記」などから推察されているのは、
14世紀中盤からは近世江戸時代とほとんど同じ形式の祭りが行われていたと考えられます。

そして、その後約100年もの年月が経過した後、
お旅山への神事渡御の行列・壇尻や丹頂、神輿太鼓など、
氏子たちの出し物が随行することが認められることになったのは、
15世紀中頃、播磨の守護大名「赤松政則」が松原八幡神社に田地と米二百俵を贈り、
氏子たちが自主的にその米俵をかついで、
大喜びでお旅山に上った事がキッカケになったと言われています。

祭礼への自主的参加が認められるようになり、
近世村落が成立した江戸時代になると、
各村がそれぞれの壇尻や屋台を作って、
祭礼に参加するようになりました。

祭礼も、様々な事情から旧暦8月から9月へと変わり、
その後新暦が普及したことから、現在の10月15日に改められました。

明治維新での神仏分離令により、
それまで祭礼を取り仕切ってきた八正寺と神社が切り離されたのは、
明治3年9月のことです。

それを機に、明治4年から5年に掛けて、
現行様式の祭礼に移行していきました。

以後は氏子主権の「灘まつり」となり、
神事渡御のための役割でしかなかった屋台が一挙に、主役に取って代わり、
装飾も年々豪華になっていき、現代にいたっています。

ですから、「灘まつり」の本質を一言で言えば、
徹底した氏子本位の祭り、と言う事です。

この、氏子本位の祭りになっていくまでには、灘七村の長い屈折した歴史の上に、
遂に自分たちのものにした!という氏子たちの執念が祭りを変えていったのだと言えるでしょう。

【灘の喧嘩祭り】桟敷席の料金

灘喧嘩祭りには、例年松原八幡神社とお旅山の練り場に桟敷席が用意されています。

ただし、こちらの桟敷席で観覧できるのは地元の人限定で、
それもかなりの競争率で勝ち取った人のみが見られる特別な場所です。

ちなみにですが、神社の方は、地元の方の中から抽選。

練り場の方にいたっては、個人の土地を場所貸しする形になるので、
筵1枚で2~3万円から高い席になれば10万は軽く超えることもあるとか。

地元の人でさえ、
それだけの高額のお金を掛けても手に入れられない可能性もある桟敷席です。

観光客の皆さんは、大人しく周りから見ることに徹しましょう!

どこまでも、地域密着型なのが伝わってきますね。

地元愛が熱いのは素晴らしいことだと思います。

【灘の喧嘩祭り】見どころ

宵宮と本宮に分かれているわけですが、
2日とも違った見所がありますよ!

宵宮

何と言っても、松原八幡神社を中心に行われる宮入と宮出しというイベントが一押しです。

7つの屋台の練り合いは必見です。

本宮

松原八幡神社の楼門前での「神輿合わせ」と、
お旅山に移動した後の、練り場での練り合わせ。

こちらは、7つの屋台に加えて、3基の神輿も登場しますので、
1番の盛り上がりになることは間違いないでしょう。

百聞は一見に如かず!

ぜひ、本物を見て、空気に触れて、その興奮を肌で感じましょう。

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